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◇暗黙知と形式知
近年、「給料が高い割には、会社に貢献していない」ということで冷遇されている中高年従業員の間で、転職に有利ということで公的資格の取得を目指す方が増えています。
しかし、本当にこれまでの経験や会社独自の知識、人間関係は役に立たず、公的資格を取得することが役に立つのでしょうか。
哲学者のマイケル・ポラニーは、知識を暗黙の語りにくい知識(暗黙知)と、明示された形式的な知識(形式知)に区分して定義しています。
暗黙知には、現場のノウハウ、熟練工や研究者のスキル、市場や顧客に関する感覚、品質に関する知覚能力、経験的に獲得された製品開発力等があります。
一方、形式知には、業務手順などのマニュアル、市場や顧客に関する体系的分析、言語化された問題やその方法論、あるいは製品仕様やデザイン等があります。
暗黙知は、特定の人間や場所、対象に特定されたり、限定されたりすることが多いのに対して、形式知は情報システムで補完することによって、場所の移動や転移、再利用が可能となるため、一見すると形式知のほうが価値があるように思えます。
しかし本当にそうなのでしょうか。
クラシック音楽を考えてみてください。同じ曲であっても、演奏家によって違った演奏がなされます。これは、作曲家の頭の中に暗黙知として生まれた音楽が、楽譜という形式知を媒介にして再現されると、演奏家によって異なってくることを示しています。
したがって、マニュアルさえあれば人件費の安い派遣やパートで十分だという考えは、自社の暗黙知を軽視した危険な考え方と言えます。
暗黙知こそ知識の基本であり、その暗黙知は個人やその個人の状況に属していることが多いため、その従業員がいなくなれば知識の多くは消失してしまうのです。
また、専門知識は五感を通じた訓練を伴わなければ役に立ちません。マニュアルなどの文書で容易に移転できるものではないのです。ですから、資格を取得しただけでは戦力にはならないのです。
大量生産の時代が終わり、今は生産サービスの時代になっています。顧客にモノを売って終わりではなく、サービス商品のメンテナンス、アップグレードといった、製品のライフサイクルに沿った価値を顧客に提供し続けることが必要です。そこでは単なる顧客のデータではなく、顧客との多様な関係である顧客知ともいうべきものが重要になってきます。
自社の中高年従業員の価値をみくびるということは、実は自社の企業価値に厚みがなく軽いと言っているのと同じであるような気がします。
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